夜空の星になる

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まだ実家にいる。同時期に帰省していた友人と近所の喫茶店でランチを食べ、ドライブをして最近できた、とはいっても数年前にオープンしたらしいジェラートショップに行き、さっさと解散したら友人から「帰ったら家族全員昼寝してた」とメッセージが入る。面白いねと返信しつつ自分の実家に帰ると家族全員が昼寝していた。同じかよ。脅威のシンクロ率100%じゃん。そんな様子を見ていたら私まで眠くなってきたので遠慮せずに横になる。ゴロゴロ。休みって最高。

気が済むまでゴロゴロして荷物の整理でもするかと部屋から廊下に出た瞬間。布の匂いなのか家の木材の匂いなのか分からないが、独特の「実家の匂い」を感じた。鼻腔で匂いを確かめながら「うわああぁ実家だあぁぁ。」と1人で慄く。この家は紛れもなく実家なのだが、物心ついた頃から1ミリも変わらない「実家の匂い」に恐れ、驚いたのだ。住む人間の人数も変われば使う洗剤や家具も変わっているだろうに何十年も変わらないそれはあっという間に私を子どもにしてしまう。

自分よりも大きなぬいぐるみを泣きながら抱きしめ、涙と涎まみれにしたこと。反抗期真っ盛りのときに思い切り閉めた自分の部屋のドア。小学校の頃に読んで感動した小説。高校の卒業アルバム。夜中に騒音公害かと思うくらい鳴く田んぼに住むカエルの声。どこまでも真っ直ぐな海のと空の境界線。

ここで確かに私は生まれ育ったのだと己の子ども時代を思い返すが、どれもこれも美しいものになってしまった。いつの時代だって私は必死だったはずだ。何故泣いたのか霞ほども覚えていないというのに、ぬいぐるみを抱きしめながらワンワン泣いた私はきっと胸が張り裂けんばかりの感情を抱いていたはずだろう。美しいなと感じる海は私にとって隔たりであり、大きな壁のようで、学生時代は閉じ込められている感覚すらあったはずなのに。だというのに、今やただボンヤリとした夜空の星のように思い出として私の中で散らばり、輝いている。いっそ、己が抱える夜空に身を投げてしまいたいと思うのは気の迷いだろうか。そうすれば、私はきっと美しいものになる。星となり、気まぐれにまたたいたりして現在の私に「ファイト」とメッセージを送るのだ。きっと大変だから。

 

KiE