ロールキャベツはトマト味

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春の匂いは故郷の匂い

関西にある、とある漁師町で生まれ育った。例外なく私の父も漁師で祖父も漁師、なんなら隣の家の生業も漁師。更に言えば、同じ学年の1/3が漁師の子だった。町の特産物は海苔とイカナゴイカナゴの漁が解禁する2月から漁船のエンジン音が「ボオォン」と響き、イカナゴを釘煮にしている甘ったるい匂いが町中をすっぽりと包む。イカナゴの釘煮の主な調味料は醤油と大量の砂糖なので、イメージが思い浮かばない方は、みたらし団子や鰻の蒲焼のタレの美しい輝きと匂いを思い浮かべてみてほしい。そして、その匂いが町中に漂っていることも。

「ご飯やで。」と母が呼ぶ声がする。食いしん坊でいつも腹ペコだった私は、やや駆け足で食卓に向かう。おかず、汁もの、白ご飯、そしてピカピカと輝くイカナゴの釘煮。これが実家の春の食卓の定番だった。甘しょっぱくて、あと引く旨さがあるイカナゴの釘煮はご飯にこれでもかとピッタリ合う味で、私はこのゴールデンコンビをパクパクとよく食べた。これが私の大好物。よく食べ、よく育った。

成長するにつれ、大好物のはずだったイカナゴの釘煮や大好きな漁師町に住んでいることが、なんとなく、次第に私の隠れたコンプレックスになった。テレビや雑誌で見るようなスーツに身を包んだサラリーマンの父親は見回してもどこにもいなかった。年中、赤暗く日焼けをしていて、うっすらと海と魚の匂いがしている父親しか私は知らず、街中には映画館もお洒落なファッションビルもなく海と山しかないことに悲しくなった。春になると町中に蔓延する甘い釘煮の匂いも、自分の髪の毛や服に「漁師町の匂い」が染みつくのではないかと少しだけ嫌だった。いわゆる、メディアでよくみる「普通の家庭」に憧れた。典型的なコンプレックスのパターンだ。

そんな私は大学を出て、就職をして、実家を出た。それこそ、スーツに身を包んで営業として働いた。

「やった。これで私も一人前だ!」と頑張っていたつもりだったのだが、慣れない環境に体調を崩して辞めた。

「なんで私はあかんのやろか。」

自分を責めた。なんでやろ。何があかんかったんかなぁ。意気揚々と実家を出たのに、あっという間に帰ってきた私を両親は咎めることもせず、ゆっくりすればいいと受け入れてくれた。少しずつ元気を取り戻して再就職が決まった。それからまた転職をした。恋人が出来た。実家を出た。結婚もした。時々、実家から荷物が届く。そのときに「少ないけど」という言葉と共に必ず入っているのが、イカナゴの釘煮と海苔である。

「ご飯をいっぱい食べてね。元気でいてね。いつでも帰ってきなさい。」

そんな父と母の声が聞こえるような気がする。冷凍庫に入れているイカナゴの釘煮。なんだかもったいなくて少しずつ食べている。炊き立ての白ご飯に釘煮を乗せて鼻を近づけた。春の匂いがする。